キャンプを野球に例えてみれば、その意味がよく分かります。
本来キャンパーとは、キャンプ場にアウトドアを楽しみにやってくるプレーヤーのことであって、選手を見るために球場にやってくる観客とは違います。
つまり、プレーヤーと観客では、球場に求めたい内容が違うのは当然…
私達がメスを入れたいポイントはココにあります。
例えば、見た目に美しい芝生張りのキャンプサイト。
雨が降れば蒸れる、秋になれば枯葉がまとわりつく、そして年が経てば、剥げて放置されるか、盛り土でサイトが台形状になり、有効面積がどんどん狭くなっていく… シーズンを通して何件かのキャンプ場にテントを張れば、きっと誰にでも「芝はキャンプサイトには不向き」であることが分かるはずです。
なのになぜ、今もなお、青々とした芝生のサイトが無くならないのでしょう?
知的キャンパーが、高規格オートキャンプ場を「見捨てていく」のは、このあたりに原因があるのです。どうせ、云っても同じ、変わらない… まさに5000万人の年金迷子を出した「体質」そのものに辟易しているのでしょう。
しかし、本当にこれからも変わらないまま… いられるのでしょうか? |